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國際展

青を尊ぶ—高麗青瓷特別展
青を尊ぶ—高麗青瓷特別展
展覧日時:国際借用展 2015/12/28~ 2018/03/11
展示室: S201
展覧の説明

 

展覧の説明

 

  • 総説

     

    高麗青磁は、高麗王朝時代(918-1392)に朝鮮半島で製作された最も代表的な磁器です。主に全羅南道の康津と全羅北道の扶安にたくさんの窯が分布しており、生産量も数多くありました。10世紀の生産開始以来、単色の青磁が主な産品となっています。中国の北方民族が打ち立てた遼の聖宗(982-1031)の陵墓から出土した高麗青磁の陶片は、高麗青磁の流通と中国に伝来したであろう時期を示しています。

    北宋の徽宗の時代(1100-1125)に高麗に使節として派遣された徐兢(1091-1153)は、高麗青磁の釉色と造型をしきりにほめそやし、その著書『宣和奉使高麗図経』で「高麗人は陶器の色が青いものを翡色という。…技巧は高く、色つやは殊に素晴らしい」といい、また、「狻猊は香しく、また翡色もそうである。…諸器あれど、ただこれのみ極めて出色である」と指摘している。これは宋の人の目には、高麗の青磁がきらきらと光り輝き、釉色が翡翠のように映り、汝窯の「雨後の晴れた空」の釉色と同じで、「自然に学ぶ」という美学精神が表れたものだったことを示しています。

    さらに高麗の陶磁職人は、陰刻、陽刻、透かし彫り、象嵌、鉄絵、辰砂などさまざまな装飾技法によって、自然の万物のいきいきとした姿を表現していますが、それは、高麗時代の人々の自然から着想するという創作スタイルを反映したものです。特に12世紀から13世紀に発展、成熟し、独特のかたちをうちたてた象嵌青磁は、その後高麗青磁の主流となりました。つまるところ、広く伝わった高麗青磁は、南宋の太平老人の『袖中錦』の中でも「天下第一」の呼び声を得るまでになったのです。

    国立故宮博物院南部院区のアジア芸術文化博物館の開幕を祝い、日本の大阪市立東洋陶磁美術館が特別に高麗青磁の収蔵品200点を選りすぐり、本院と共同で年齢を問わず楽しめる展示を企画いたしました。本院からも厳選した汝窯青磁を2点展示し、空の青さと翡翠の色が相互に映える独特の美を通じて、国境を超えた「青」の美しさを表現します。この展示は「尚青(極上)」と名付けられていますが、「青」には釉の色だけでなく、「新鮮」、「新奇」という意味もあり、来館者の皆さまには耳目を一新する新しい体験を楽しんでもらえればと期待しています。

 
  • コーナー1:青玉の豊かな陰影

  • 青磁輪花碗(一対)

  • 青磁輪花碗(一対)

    12世紀前半 高麗時代(918-1392) 韓国
    左:器高9.2 cm、径14.2 cm
    右:器高9.5 cm、径14.2 cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.22717

    本作は10の花弁を持つ蓮を模し、器身は薄く精緻な技が施され、美しく透明感のある釉色は「翡色青磁」の代表作のひとつである。北宋の汝窯の影響を受け、先に素焼きをし、器の底に硅石の支釘を置いている。器形は汝窯にその源流をみてとることができる。北宋の使節、徐兢が著した『宣和奉使高麗図経』にも、高麗青磁は「汝州新窯器」のようであるとの記載もあり、双方の関連がうかがえる。全羅南道康津郡の沙堂里窯址からも本作と同様の陶片が出土している。

  • 汝窯 青磁蓮花式温碗

  • 汝窯 青磁蓮花式温碗

    12世紀前半 北宋(960-1126) 中国
    器高10.4cm、口径16.2cm、底径8cm、深さ7.6cm
    国立故宮博物院所蔵 故瓷016929

    10の花びらの輪花で、弧形の深い形で、型作りで作られた。輪花に沿って波型の口となっている。器身は薄めで釉薬を総掛けするため高台を釘で支えて焼く支焼満釉という方法によって青釉を全体に施したもので、釉質はなめらか、藍色を帯びた青で、部分的にピンクの光沢が見られる。表面は褐色の貫入でいっぱいに覆われ、環状の圈足はやや高くほんの少し外に広がっている。底面の縁には釘目の跡が5か所あり、灰土色が露呈している。河南省宝豊県の清涼寺窯址でも同様のものが出土しており、環状のもので支える「墊焼」と支釘で支える「支焼」の二つの焼成技術が併存していたことがわかっている。

    温碗と注壺は宋の人々が日常的に一組として用いた酒器である。遼墓壁画や国立故宮博物館所蔵の宋の徽宗「文会図」には具体的な使用が描かれている。汝窯のほか、中国の南北にある磁器窯と韓国の高麗青磁にはいずれも輪花温碗の生産がみられ、中国のものはやや深みがあるのにくらべ、高麗の青磁には浅い輪花の例がみられる。南宋の穴倉から出土した銀製品を照らし合わせてみると、磁器の注壺と輪花碗の出現、乃至はその流行が、ちょうど金銀器模倣の潮流の反映であることがよくわかる。

  • 青磁砧形瓶

  • 青磁砧形瓶

    12世紀前半 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高21.8 cm、径11.9 cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20273

    本作の名称の由来は、一説には衣を打って軟らかくするための道具、砧(きぬた)に似ているからだと言われる。祖型は中国の北宋であるが、水平に広がった口や角張った肩など、高麗ならではの味わいが外観にあふれ、器形が渾然一体となって軟らかさと優美な息遣いを発している『宣和奉使高麗図経』では高麗青磁は汝窯の作品に似ていると描写されており、本作の器形や底部に残る小さな釘目跡からも確かに宋の陶磁器の影響がうかがえる。韓國全羅南道康津郡の沙堂里窯址からも同様の陶片が出土している。

  • 汝窯 青磁紙槌瓶

  • 汝窯 青磁紙槌瓶

    12世紀前半 北宋(960-1126) 中国
    器高20.4cm、口径4.0cm、底径8.7cm、幅13.0cm
    国立故宮博物院所蔵 故瓷004371

    広口で首が長く、傾斜した肩、ふっくらした胴に平底で畳付はない。器身はやや薄く、全体に釉が施され、釉色は灰黄を帯びた青緑で、局部にはピンクの光沢が見え隠れする。底部の真ん中には釉を拭き取った四角い部分があり、乾隆帝の御製詩「題官窯瓶」が刻されている。「陶得純青生二成,果然色質勝難兄。緣銅試看守口器,書座堪思防意城。簪朵雅宜名意蕊,稱懷已自息心旌。足釘薜暴誠何礙,詎以微瑕棄美瓊」とある。詩の末尾には「乾隆丙申仲春月御題」(乾隆四十一年:1776)の款識があり、「乾」と「隆」の二字が割り印されている。周囲にはぐるりと釘の目跡が5つ見られる。乾隆帝は御製詩の中で「章生二窯」の作品だとしているが、河南省宝豊県清涼寺の汝窯窯址の発掘結果と比較することで、本品の産地を裏付けることができそうである。口部分に特徴的な造形が見られ、無釉で磨かれた跡があることから、その原形は同じ窯から出たものだと推測することができる。謝明良教授の研究によると、広口の長い首の便は、紙を作る際に使う槌を連想させ、中国や日本の鑑賞家はこぞってこの形を紙槌瓶あるいは砧青磁と呼んだ。伝世文献では、乾隆帝が南宋の龍泉窯の刻題を勅諭した際、いっそのこと「若論紙捶伝官式」によって紙槌瓶をを南宋官窯磁器の典型的な器形だとしたことが挙げられている。

    汝窯のほかにも、定窯と南宋官窯でも広口で首の長い瓶が生産された。その形成の由来をたどると、陳国公主の墓と天津独楽寺の塔の基礎部分からともに形が同じイスラムのガラス瓶が出土している。さらに深く探ると、広口の長頚瓶はそもそも10~11世紀のイスラムのガラス器を模したものだと考えられる。宋の徐兢は『宣和奉使高麗図経』で高麗青磁を「汝州新窯の器」だとしているが、高麗青磁の広口長頚瓶は、同様に釉を総掛けし硅石を敷いて焼かれたものであることから、汝窯から影響を受けた側面がうかがえる。

  • 青磁陽刻筍形水注

  • 青磁陽刻筍形水注

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高2.5cm、長さ21.1cm、幅14.8cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20401

    伝世の高麗青磁のうち、動物や植物をかたどった水注は数多くあるが、中国宋代の水注が金属器をモデルとしていたのと比べ、高麗の水注は一味違った愛らしい造形が魅力のひとつとなっている。本作は筍をかたどったものである。筍は成長が速いことから子孫繁栄を象徴している。筍の皮は丁寧に浮き彫りにされ、葉脈は繊細に陰刻で施されている。注目に値するのは、この筍の皮は四層になっていることであり、ほとんど見られないものである。中国にも見られず、類似の作品のうち最も華やかな作品となっている。畳付の内側にも釉が施され、硅石の目跡が3つみられる。

 
  • コーナー2:青と翡の刻印

  • 青磁陰刻蓮花文三耳壺

  • 青磁陰刻蓮花文三耳壺

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高18.9cm、径14.6cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20205

    本作の蓋の鈕と肩の耳は、金属器の装飾造形を忠実に模倣している。この間に紐を通せば蓋と身を固定することができる。壺は小ぶりだが、器形や釉色、文様などの特徴について見れば、本作は、12世紀高麗青磁最盛期の典型的な作品の一つである。釉の発色はよく、光沢も美しく、灰青色を呈しており、胴の三面にある蓮花文は近くから見ないとわからない程線の細い陰刻で施されている。蓋と身は別々に焼かれたが、蓋にも体と同じ釉薬がかけられており、内底には硅石の目跡が4つ、壺の底にも赤い耐火土目跡が4つ見られる。

  • 青磁陽刻牡丹蓮花文鶴首瓶

  • 青磁陽刻牡丹蓮花文鶴首瓶

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高36.8cm、径15.0cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20845

    本作は八角に面取りされ、鶴のような細長い首をもつ。日本ではこのような器を「鶴首瓶」と呼ぶ。細長い首には環状の留め具があり、もともと蓋があったものと考えられる。器形は中国・唐代の越窯青磁にその原型があるとされ、高麗の陶芸職人はこれを基礎に独特の造形を作り上げた。首が細長く、丸く滑らかな胴体、肩の線はやわらかく、優雅な姿で、八角のそれぞれの面には蓮唐草文と牡丹唐草文が交互に施されている。高麗独特の翡色青磁の最盛期の典型で、釉色も美しい。全羅北道扶安郡の柳川里窯や保寧市元山島などで同様の陶片が発見されている。高台の内側にも釉が施され、硅石の目跡が5つ見られる。

  • 青磁陰刻蓮花文梅瓶

  • 青磁陰刻蓮花文梅瓶

    13世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高30.5cm、径17.1cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20466

    皿型の口(盤口)で、肩が外に丸く張り出し、引き締まった長い胴、、そして裾はやや広がっているため、肩から裾にかけS字のカーブを描いている。総釉で灰青の発色、透明感があり優美で貫入がみられる。全体に大きく折枝蓮花が線で描かれているが、蓮の葉の形は実際とやや異なっている。花弁と葉は櫛で梳いたような文様で細部まで描かれており、装飾は余白を残している。紋様の配置はまばらだが調和がとれ、ゆったりとおおらかな造形となっている。畳付には支焼の跡がみられる。

  • 青磁印花龍文方形香炉

  • 青磁印花龍文方形香炉

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高11.9cm、長さ17.6cm、幅16.2cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20176

    中国古代の青銅器、方鼎を模したもので、短い4本の足と2つの耳がついている。紋様は印花で施され、雷文を下地に一本足の怪物である夔がその上に浮かんでいる。工法は同様に青磁器を由来としている。釉色は優美で、文様や器形も整っているが、残念なことに4本の足の長さが不揃いで炉がやや傾いている。韓国全羅南道康津郡龍雲里10号—2 層の窯址などで本作と同様の陶片が出土している。

  • 青磁印花牡丹文碗

  • 青磁印花牡丹文碗

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高5.0cm、径14.4cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20351

    口は広く、胴は斜めで短い環状の足を持ち、畳付き以外の底部はすべて釉が施され、支焼の跡が4つみられる。外側は無地無紋で、内側に印花の技法で牡丹唐草がいっぱいにあしらわれているが、花弁と葉の表面は劃花という手法を用いて細部まで丁寧に描かれている。器身は総釉で灰青に発色し、釉質にはやや鉄斑がみられる。時間と経費を節約し大量生産するため、碗の内側に大きな面積の印花で紋様を押すという方法は、中国においては耀州窯、定窯、龍泉窯の製品にも見られるが、本作は印花と劃花の二種類を合わせて細部まで丁寧に表現したもので、高麗の工匠の精神をここにうかがうことができる。

 
  • コーナー3:錯綜するイメージ

    高麗王朝は毅宗24年(1170)に武臣の権力争いが始まり、武臣政権時代に入ります。12世紀の高麗青磁が文人や貴族の趣味に牽引され、優美な風潮のもと釉色の表現や精巧な造形を追求したのとは異なり、13世紀の高麗青磁の装飾技法に対する刷新と重視とは、新興貴族の華やかな外見に対する好みを表したもので、その最も代表的なものとして象嵌青磁が挙げられます。

    新興貴族たちの視覚的な欲求を満たすべく、象嵌技法を基礎として、既存の花の刻印や動植物をかたどる技術を合わせ、複雑な装飾技術を形成した以外に、この時期の高麗青磁には比較的新しい辰砂彩や透かし彫り、逆象嵌などの技法も加わり、豊かで多彩な装飾技術が生まれました。

  • 青磁象嵌竹鶴文梅瓶

  • 青磁象嵌竹鶴文梅瓶

    12-13世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高29.2cm、径17.6cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20206

    本作の器形には、肩が大きく外に張り出し、裾は内側に絞られ、優美なS字曲線を描くという高麗化の特徴が出ている。肩の四方には荔枝文をあしらった袱紗が描かれ、裾は蓮の花弁と雷文帯で装飾されている。竹鶴文が胴の中央の四面に施され、抒情的で絵画的な文様の全体的な構成が素晴らしい装飾効果を上げている。鶴文は6つの姿で描かれている。紋様は象嵌技法を使い、図柄を掘ったところに白土や赤土を埋め込み、白黒の二色に焼き上げている。そうした紋様と灰青の釉色技術の精緻さを表しており、本作は高麗青磁の逸品だと言える。底部には耐火土目跡が6つみられる。

  • 青磁象嵌牡丹蝶文浄瓶

  • 青磁象嵌牡丹蝶文浄瓶

    13世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高33.1cm、長さ16.3cm、幅13.4cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20029B

    浄瓶は金属器の仏具を模倣した形で、高麗では水差しとして使われた。胴部は象嵌で牡丹文と蝶文が交互にぐるりと施されている。このほか、首と腹の端、注ぎ口などにさまざまな文様が施され、手のこんだ細工が行われている。釉色は透明で奥深く、紋様は華やか、双方が作用しあって全体的な美感をさらに高めている。釉は底部まで及んでいるが、畳付の部分だけ拭き取られ、目跡が9つみられる。

  • 青磁象嵌雲鶴文碗

  • 青磁象嵌雲鶴文碗

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高6.0cm、径17.0cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.21369

    口縁がやや反り、紋様は内側だけにみられる。紋様は鶴3羽と、その間に霊芝雲が配されている。白象嵌を主としているが、鶴のくちばしや首、足などの部位には黒象嵌を施しており、翼の細部は繊細な線で刻まれ、全体的に極めて精巧な技で作られている。貫入はなく、深い灰青釉色と象嵌の装飾が互いに調和し、緊張感あふれ、象嵌技法の手本の一つともいえる。底部は釉を施したあと、畳付の部分を拭き取っている。小さな耐火土目跡が5つ見られる。

  • 青磁象嵌牡丹文梅瓶

  • 青磁象嵌牡丹文梅瓶

    12-13世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高32.6cm、径19.0cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.21491

    肩がやや張り出し、裾にかけてなめらかで優美なS字の曲線を呈している。逆象嵌を施した紋様が魅力となっている。いわゆる「逆象嵌」とは紋様の背景となる土を削り取り、白土を埋めて装飾する技法である。この作品では生き生きした牡丹文をより際立たせ、紋様の細部は陰刻を施し、口の部分は他が完成してから加えたものである。現時点ではこの作品と同様の陶片は見つかっていないが、全羅南道康津郡の龍雲里10号窯址から、成熟した逆象嵌技法の陶片が見つかっている。畳付には耐火目跡が6つみられる。

  • 青磁象嵌辰砂彩牡丹文壺

  • 青磁象嵌辰砂彩牡丹文壺

    13世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高19.5cm、径18.0cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20895

    表面の折枝牡丹と折枝菊の各2か所に交互に象嵌を施し、牡丹文にはさらに酸化銅の顔料で鮮やかな赤を着色し、華やかさが出ている。肩と裾の部分にはそれぞれ如意文と蓮弁文で装飾している。辰砂彩の主な成分は酸化銅で、古くは12世紀にみられ、13世紀に流行した。全羅北道扶安郡の柳川里窯址でこの作品と同じ辰砂彩の陶片が採取された。

 
  • コーナー4:黒映える青と白

  • 青磁堆花草花文水注

  • 青磁堆花草花文水注

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高18.2cm、長さ22.8cm、幅15.7cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20143

    なめらかでふくよか、柄と注ぎ口はともに力がみなぎっている。この種の水注の起源は不明で、中国ではきわめてまれであり、高麗でも多くは12世紀に集中している。腹の両面の円形は光を当てたようで、白泥を敷いたところに細かく透かし彫りをし、たおやかな草花紋様を施している。青釉の下に白泥で紋様を入れる技法を「堆花」と呼ぶが、この技法は12世紀頃に始まり、13世紀に全盛期を迎えていた。蓋の紋様は線で描かれ、底部には5つの白い耐火土目跡がみられる。

  • 青磁鉄絵宝相華唐草文梅瓶

  • 青磁鉄絵宝相華唐草文梅瓶

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高28.2cm、径17.8cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20862

    鉄絵具で紋様を描いた青磁は、「鉄絵青磁」と呼ばれ、紋様は黒褐色をしている。本作の瓶の表面には丁寧に宝相華の紋様が施され、緻密に整った技の水準は高く、鉄絵青磁の中でも貴重な逸品である。腹の下部の紋様は中国の磁州窯に由来するという説もある。

    鉄絵青磁は10世紀末の高麗初期の青磁窯でも見られたが、12世紀に入って全羅南道海南郡の珍山里窯を中心に大量に作られるようになった。しかし全羅南道康津郡の沙堂里窯址などでも鉄絵青磁が出土しているため、鉄絵青磁の生産窯址の全貌についてはまだ確定することはできない。また、全羅南道莞島郡の魚頭里の海底の沈没船の中から、鉄絵青磁の梅瓶と長鼓が発見され、当時の鉄絵青磁の生産と流通の実際の状況を把握するための一助となった。

  • 青磁鉄絵草文碗(3点)

  • 青磁鉄絵草文碗(3点)

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高7.8cm、径18.5cm;器高6.7cm、径17.9cm;器高5.2cm、径16.2cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20491

    三点から成る碗のセットである。かたちがよく似た金属器の中に、統化十五年(997)や皇統十年(1150)といった年代が明確に刻まれたものがあり、本作の原型が金属器を由来としていることがうかがえる。外側に鉄絵具で草花紋様が描かれ、釉色はくすんだ青で明媚である。表面に象嵌で「癸丑年造上 大聖之缽」という款識が明記され、作成年代を示すの資料とすることができる。韓国ではこの形の器は「缽盂」と呼ばれ、寺院で一般の僧侶が使う食器であり、多くは3点から4点で一組となっている。大きさで米用、汁用、おかず用にそれぞれ使われ小型のものは水を注いだものとも考えられる。

    寺院と官舎の性質を兼ね備えた恵陰院跡の史跡から青磁缽盂77点が出土したことがあり、また、忠清南道泰安郡の竹島外海で発見された沈没船から51組が引き上げられ、計157点のこの作品に類似した碗のセットが見つかっており、実際の流通状況がうかがえる。缽盂の底部は凹んだものと平たいものと両方あり、本作品はへこんでおり、白耐火土目跡が8つ残っている。

  • 青磁鉄釉瓶

  • 青磁鉄釉瓶

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高35.0cm、径15.6cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20911

    首の細長い瓶で、表面はまず青釉をかけ、その後鉄釉を厚く施している。色は褐色と漆黒で、色つやは多彩な変化を見せている。12世紀の純青磁や象嵌青磁、白磁の中には軒並み同じ形状のものがみられる。ただし青釉に鉄釉を合わせたものは極めて珍しい。釉と底部には5つの硅石の目跡がみられる。

  • 青磁鉄地象嵌草花文梅瓶

  • 青磁鉄地象嵌草花文梅瓶

    12世紀 高麗時代(918-1392) 韓国
    器高26.0cm、径16.0cm
    大阪市立東洋陶磁美術館所蔵 Acc. No.20259

    本本作は青磁の一種で、素地に鉄絵具を塗りつめた後、釉薬を施し焼き上げたもので、日本では「鉄彩手」または鉄地青磁、韓国では鉄彩青磁と呼ばれる。小さな口に大きく膨らんだ肩の部分の間には緊張感があふれ、堂々と立派な形状となっている。肩から腹の上部にかけ前後両面に人参の葉の模様があしらわれ、この紋様は地の土を削いだところに白泥をはめ込んで描かれており、黒地に白い模様が鮮明な対比となっている。高麗青磁の主な産地では、康津郡でも扶安郡などでも鉄地青磁が出土しており、全羅南道海南郡の珍山里窯の生産量が最も多い。

 

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